「これが自分だ」と、ひとつの形に己を決める。過去の肩書き、誰かに与えられた器。そのなかに命を押し込め、形の定まらぬことを恐れ、輪郭の滲むことに怯えては、自らを小さく縛っていく。
だが、見よ。山あいに立ちこめる、朝の霧を。手を伸ばしても掴めず、それでいて谷を満たし、木々を包み、あらゆるものを静かに湿らせている。私たちが「自分」と呼ぶものもまた、ひとつの形に留まることなく、ただそこに在って、移ろい続けているに過ぎない。
掴めぬまま、ただ在る。形なきを恐れ、定まらぬ己を嘆く必要はない。霧は、昇れば雲となり、降りれば露となり、どんな姿をとっても、その水であることをやめない。自己の正体に静かに気づいたとき、輪郭を守る力はゆるみ、私たちはただ、形にとらわれぬまま、あるがままに、そこに満ちている。
