湧き上がる感情の波にのまれ、目先の恐れや不安に揺さぶられて、進む先を見失いそうになる。波立つ心をなんとか鎮めようと、感情をきつく抑えつけては、胸の奥をいっそう硬く強張らせていく。
だが、見よ。土の底に眠る、ひと粒の金剛石を。泥にまみれ、闇に埋もれても、その澄んだ一点は濁らず、射し込む光をまっすぐに通す。理性とは、感情を斬り捨てる刃ではない。湧くものは湧くままに、波立つものは波立つままに、その濁りの奥で、ものごとをありのままに見通している、澄んだ眼のことだ。
感情に怯えて、それを抑え込む理(ことわり)などどこにもない。湧き上がる波を恐れ、揺れる己を責める必要はない。波は波で湧かせておけばいい。金剛石の正体に静かに気づいたとき、抑えつける力はゆるみ、私たちはただ、濁りのなかでも濁らぬ眼で、進む道を静かに見定めていく。
