十一、木漏れ日の如き称賛の真実

浴びせられる温かな褒め言葉。世間がもてはやす、拍手の渦。その心地よさのなかにずっと留まろうとし、翳ることを恐れ、もっと強い輝きを求めては、他者の視線に己の心をあずけていく。

だが、見よ。木々の隙間から差し込む、木漏れ日を。葉が風にそよげば、光の落ちる場所はたちまち移り、さっきまで照らされていた地面は、ふいに翳る。称賛もまた、その時々の枝葉の傾きが、たまたまそこに落とした、一刻の光に過ぎない。

差し込む光に、己の値が増す理(ことわり)などどこにもない。褒められて特別な自分になったと思い込み、光が去って値が消えたと怯える必要はない。木漏れ日の正体に静かに気づいたとき、明るさを追う心は鎮まり、私たちはただ、射してはまた翳る光を、移ろうままに浴びて、ここに立っている。